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2018年5月1日火曜日

☆66. ある意味モナド(単子)的ヌーソロジー攻略研究会2018 in 大津 開催案内

「ヌーソロジーのためのSU(2)ド超入門」


1997年の春、大型書店の精神世界のコーナーに、平積みにされていた新刊書こそ、『2013:人類が神を見る日』といういかにも怪しげなタイトルの本で、しかも、その帯には「素粒子の正体は、われわれの意識だった! 意識進化はすべてを光に変える!」というさらにいぶかしいキャッチコピーが書かれていました。あれからもう21年。

「ヌーソロジーVS素粒子」――それはある意味、ヌーソロジーにとって最も根幹に関わるテーマであり、永遠のテーマでもあります。ヌーソロジーは、無謀にも自然科学(特に、現代物理学)と人文科学(特に、現代思想・哲学)の融合を目論み、その媒介として、ミッシングリングを補完すべく、歴史の表舞台から抹消され、時代の隅に追いやられた神秘学までをも用いて、精神から物質に至るすべてのものを統合的に説明しようと試みているものです。その中でいまだに一番の醍醐味と言えば、大胆不敵にも正面切って素粒子構造を人間の認識や意識といったものとの対応付けを図ろうとしているところです。この極上のトンデモなさにこそ、他に類を見ないずば抜けた面白さが潜んでいるのです。

「自我とは電磁場のことであり、自己と他者の対称性とは電子とニュートリノあるいはuクォークとdクォークをめぐる回転対称性のことだ!」とか言われたらどうします?――それって何? この怪しさは何だかわからないけど、ゾクゾクしてきませんか? そこで、改めて、ヌーソロジーと素粒子の関係について、ざっくりとそのアウトラインを眺めてみようと思います。ヌーソロジーも素粒子もよくわからない方でも、興味がある方なら、どなたでも参加OKです。

日程 2018512日(

時間 13:00から17:00まで4時間(予定)

場所 JR大津京周辺の研修室(予定)
 JR京都駅から12分ほどなのでさほど遠くないです!)
    集合:12:4512:55  JR大津京駅改札口を出たところ

場所は変更の可能性があります。最新情報は、お手数ですが、ヌーソロジー攻略研究会(http://nooskoryaku.blogspot.jp/)のサイトでご確認下さい。

参加費 4,000円(資料代込み)

内容 「ヌーソロジーのためのSU(2)ド超入門」

主催 ヌーソロジー攻略研究会 Φ=WHY?
URLhttp://nooskoryaku.blogspot.jp/  連絡先e-mailwhyanywhere@gmail.com

参加ご希望の方は、上記連絡先宛てに、510日(23時までに、ご自分の氏名と連絡先(できれば携帯メール)を書いて、メールで送って下さい。なお、事前に参加表明なさらずに参加される場合は、資料の部数が足りずに配布できないことがあります。また、参加者合計が3人を割り込む場合は中止される場合がありますので、予めご了承願います。

2018年4月26日木曜日

☆65. ある意味ノマド(遊牧民)的「ヌーソロジー攻略研究会」2018 in 京都(第1回)開催のご案内

1989年から半田広宣氏がOCOTとのチャネリング情報をベースとして始まったヌーソロジーも、今年2018年で、早30年。これまでに、半田氏は、共著を含めて、『2013:人類が神を見る日』(1997、徳間書店)、『2013:シリウス革命』(1999、たま出版)、『光の箱舟~2013:超時空への旅~』(2001:砂子岳彦氏との共著)、『2013:人類が神を見る日 アドバンストエディション』(2008、徳間書店)、『2013|世界はグレンとひっくり返った 反転の創造空間《シリウス次元への超突入》』(2014、中山康直氏との共著、ヒカルランド)、『シュタイナー思想とヌーソロジー~物質と精神をつなぐ思考を求めて~』(2017、福田秀樹氏・大野章氏との共著、ヒカルランド)と、計6作の著作を出版されており、いまだなお、精力的な活動を行われておられます。

そのヌーソロジーについての書籍としては、半田さん以外では初の本格的な著作となる、川瀬統心氏の『【新説・精神世界史講座】ワンネスは2つある』(2018、ヒカルランド)がついに今年2018年2月に発売されました。この発売を記念して、2018年4月29日に川瀬統心氏の出版記念講演会が開催されます。しかも、なんとヌーソロジー本家の半田広宣氏と、アニマンダラの天海ヒロ氏を迎えての対談もあるといいますから、これはどんな話題が飛び出すかとても興味津々です。

そこで、誠に勝手ながら大変急ではありますが、これに合わせてヌーソロジー攻略研究会主催のある意味ノマド(遊牧民)的「ヌーソロジー攻略研究会」2018 in 京都」を開催致します。今回は、ヌース関連イベント直前のアタマのウォーミングアップを兼ねて、近くの喫茶店にて、ヌーソロジーの情報交流会のような軽いノリで開催致します

●日時2018429日( 10:00から12:00まで2時間(予定)

●場所キャンパスプラザ京都付近の喫茶店(予定)
  ※集合場所…9:50前後に、キャンパスプラザ京都(JR京都駅前)入口付近で待合せ。

●参加費 1,000円

●内容 ヌーソロジーに関する内容(詳細未定)

○主催 ヌーソロジー攻略研究会 Φ=WHY?
     連絡先:whyanywhere@gmail.com

※参加ご希望の方は、上記連絡先宛てに、428日(23時までに、ご自分の氏名と連絡先(できれば携帯メール)を書いて、メールで送って下さい。その際、配布資料の要・不要も明記して下さい。

2018年3月27日火曜日

★ヌーソロジー攻略研究会・目次

ヌーソロジーについて、現時点までに書いた記事の一覧です。アクセスしやすいようにまとめてみました。よろしかったから、ご覧下さい。

1. ヌーソロジーとの出会い
http://nooskoryaku.blogspot.jp/2013/05/1.html
2. 今なぜヌーソロジーなのか?
http://nooskoryaku.blogspot.jp/2013/05/2.html
3. ヌーソロジー関連のサイト
http://nooskoryaku.blogspot.jp/2013/06/4.html
4. ヌーソロジーの持つイメージ
http://nooskoryaku.blogspot.jp/2013/06/5.html
5. ヌーソロジーとは?
http://nooskoryaku.blogspot.jp/2013/06/6.html
6. 「人間」から「変換人」へ
http://nooskoryaku.blogspot.jp/2013/06/8.html
7. なぜヌーソロジーを難しいと感じるのか?
http://nooskoryaku.blogspot.jp/2013/06/9.html
8. そもそも、ヌースとは何なのか?
http://nooskoryaku.blogspot.jp/2013/06/10.html
9. ヌースとは何か?
http://nooskoryaku.blogspot.jp/2013/06/11.html
10. ヌースとは超ひものこと?
http://nooskoryaku.blogspot.jp/2013/06/12.html
11. ヌーソロジーを理解する手掛かり
http://nooskoryaku.blogspot.jp/2013/06/11_18.html
12. ルビンの壺とヌーソロジー
http://nooskoryaku.blogspot.jp/2013/06/12_27.html
13. 観察子の背景にある世界観
http://nooskoryaku.blogspot.jp/2013/07/13.html
14. 宇宙のすべて=タカヒマラという構造
http://nooskoryaku.blogspot.jp/2013/07/14.html
15. ノウスとノス
http://nooskoryaku.blogspot.jp/2013/07/15.html
16. 観察子の種類と構造の概略
http://nooskoryaku.blogspot.jp/2013/07/16.html
17. 既存の著作からの観察子の構造の大幅な変更(1)
http://nooskoryaku.blogspot.jp/2013/07/17-1.html
18. 既存の著作からの観察子の構造の大幅な変更(2)
http://nooskoryaku.blogspot.jp/2013/07/18-2.html
19. ヌーソロジーの理解の仕方のヒント
http://nooskoryaku.blogspot.jp/2014/07/19.html
20. 「2013」と次元交替化のサイクル
http://nooskoryaku.blogspot.jp/2014/07/20-2013.html
21. シリウスのハーベスト・プログラム
http://nooskoryaku.blogspot.jp/2014/07/21.html
22. この「私」とは何者であるか?
http://nooskoryaku.blogspot.jp/2014/07/22.html
23. 人間の無意識の潮流と神秘学
http://nooskoryaku.blogspot.jp/2014/07/23.html
24. シリウス言語とは?
http://nooskoryaku.blogspot.jp/2016/01/24_27.html
25. ヌーソロジーの基本用語
http://nooskoryaku.blogspot.jp/2016/01/25.html
26. 対化の概念とそのイメージの描像
http://nooskoryaku.blogspot.jp/2016/01/26.html
27. 等化の概念とそのイメージの描像
http://nooskoryaku.blogspot.jp/2016/01/27.html
28. 次元観察子の概略
https://nooskoryaku.blogspot.jp/2018/03/28.html
29. ミクロとマクロの対称性――次元観察子ψ1~ψ2
https://nooskoryaku.blogspot.jp/2018/03/29-12.html
30. 触覚の延長と人間型ゲシュタルト
https://nooskoryaku.blogspot.jp/2018/03/30.html

30. 触覚の延長と人間型ゲシュタルト

これは、ある意味「触覚」によって限定されているような強度感というものと大いに関係があると半田広宣氏は言っています。例えば、私たちは手で何かボールのようなものに触ったとき、特にギュッと握ったりしますと、単にそのボールの表面の肌触りだけでなく、内部にあるかさばりを感じます。つまり、そこは文字通り「モノの内部」になります。この触覚にとってはモノの外部は無いに等しいと言えます。視覚に現れるような、モノの外部性は感じません。
何が言いたいかと言いますと、私たちがこの宇宙を認識していると思っている、この世界観は、実は、この触覚を通じて象(かたど)られている観念を拡げたり縮めたりしていることと連動させて、この空間の広がりや大きさを意識したり認識しているのではないかということです。要するに、ヌーソロジーの次元観察子ψ1とψ2は、モノの内部の観念の膨張と収縮のことだというわけです。その意味で、ψ1とψ2においては、常に長さだとか大きさといった尺度概念がまとわりついていると言えます。半田広宣氏は、『NOOS LECTURE LIVE DVD 2009-2010 Vol.4』の中で、こんなふうに言っています。

モノの長さとか大きさというのは境界がないと無理です。例えば、こういう球体があって、直径何センチと言った場合、その直径の両端の点という境界がなければ成り立ちません。つまり、裏返して言えば、大きさという概念は、モノの内部性に由来するということです。モノの内部にかさばりがあって、それを、例えば10センチなら10センチと決めて、それをモノがないところにあてはめているということです。目盛がそこで打たれるということは、そこで空間的な差異がないと、目盛が打てません。その目盛の概念が何に由来するかと言うと、モノと空間の境界に由来しています。ヌーソロジーではそのような考え方をします。
モノの外に出られていません。モノの外に出られていないということはどういうことかと言うと、そういう概念で宇宙を見ているときは実際に見ているモノが見えていないということです。なぜなら、モノというのはモノの外に出て初めて見えてくるからです。つまり、ここは無意識化しているという言い方になります。意識としては働いているのですが、そのモノの空間において、われわれが自分の手前にあるモノを見ている空間と、モノの境界イメージをぐわーっと拡げてしまった空間とは全く違うというわけです。この2つの空間には違い、つまり、差異があるということを言っています。そして重要なことは、この差異がわれわれの認識に上がって来ていないということなんです。

つまり、モノの内部と外部の差異が人間の認識にはまだ上がってきていないと言っているわけです。半田広宣氏は、「宇宙の大きさが137億光年だとか平気で言う思考法においては、このモノの内部に幽閉されている」と言っています。
 
半田広宣氏はこのことを自身のブログであるcave syndromeの「差異と反復………5(http://noos.cocolog-nifty.com/cavesyndrome/2007/01/5_35bd.html)の中で、次のようにわかりやすいイメージを使って説明してくれています。

君がガス会社の社長だったとしよう。君は技術部から新しく完成したガスタンクの完成記念式典に招待される。技術者たちは君を稼働前のガスタンク内部に案内し、その概要について説明を行う。「このタンクは直径100メートルあって、球体型のタンクとしては世界一の大きさを誇ります。」君はそのガスタンクの内壁を見上げ「ほう、すごいねぇ?」と驚嘆の声を上げる。そのとき事務員の女の子が「記念品です」と言って、純金でできた直径10cmほどのガスタンクのミニチュアモデルを持ってくる。「ほほう、外側のデザインもいいんだねぇ?。」と君は満足げに微笑む。ミニチュアを見るときは君はもちろんモノの外部にいて、モノと空間の差異が見えている。しかし、実物のガスタンクを見るときは君はその内部にいて、ガスタンクと空間の差異は見えない。そして、そこがガスタンクの内部であるという認識は君がガスタンクの外部を知っているから言えることだ。。ということは、どんなに巨大な空間であれ、君がその外部に出ることができるならばそこはモノの内部と呼べる領域になる。巨大な直径の球空間をイメージしていけば、地球だってモノの内部に入れることが可能だ。いや、太陽系だって、銀河系だって、モノ概念としての球空間の中に放り込むことができるわけだ。そうやってそれを内部と見ている君の外部の視座はどんどん後退し、やがてすべての内部は宇宙と呼ばれる半径137億年の巨大な球体の内部に収まってしまったとさ。めでたし、めでたし。。。。ん?しかし、そのときの外部ってどこだ。

何をいわんとしているかお分かりだろうか。つまるところ、僕らはモノを認識しているものの、そこに対応させている概念は、結局のところ、モノの内部としての空間でしかないのではないかということだ。しかし、現実として知覚空間上にはモノの内部と外部という差異が存在している。このことを一体どのように考えればいいのか。

要は単なる大きさの差異のみで空間を概念化しているのがまずいのだ。というのも、距離や面積や体積などを支えている尺度概念にはモノと空間の差異が存在していないからだ。何度も言っていることだが、尺度概念というものはもともとモノの内部表象から派生してきている。だから、尺度によって空間の大きさをイメージすると、必然的に空間の広がりに対する認識は、モノの内部にあると目される3次元的なかさばりの表象と同じものになってしまう。尺度概念への依存は、結局、モノの内部がモノの外部を寝食して、モノの内部に同一化させている思考状況と言えるのだ。

僕らが一般的に所持している3次元の空間認識は、実のところ未だモノの中でしかなく、そこに外部は存在していない。モノの外部が存在しないということは光が存在しないということでもある。そして、光が存在していないということは3次元的な思考は知覚に何一つ接していないということでもある。当然、そのような認識には差異がない。こうした差異なき意識状態をヌースでは「有機体」と呼ぶ。有機体は「位置」を持たない。「位置」とは哲学的に言えば実存のようなものだ。
cave syndrome 「差異と反復………52007/01/18 より)

このように、人間の意識はある意味、モノの内部に落ち込んでしまっていて、モノの内部と外部の差異が認識できなくなってしまっているというわけです。このような人間の意識の状態のことを、ヌーソロジーでは「人間型ゲシュタルト」と呼ぶわけです。

図1 モノの中に落ち込んでいる人間の意識
cave syndrome「時間と別れるための50の方法(11)」2008/06/06 より)

簡単に言えば、「人間型ゲシュタルト」とは、人間が持つ物質的世界観のことだと言っていいでしょう。要するに、デカルトが「我思うゆえに我あり」と言って近代理性が「コギト」と呼んだ、人間の自我を支える力と、この物質概念をもって宇宙をイメージしている力は、根本的には同じだと言っているわけです。
これは、現代科学において、物質を対象としか見なさず、観測者の概念をうまく採り込めないでいることと深く関わっているということです。つまり、現代科学においては「見ている人間がいなくても宇宙はある」という宇宙原理の考え方が主流になっていますが、ヌーソロジーでは「見ている人間がいるから宇宙はある」という人間原理の考え方に立っているということになります。
 
最後に、改めてヌーソロジーで言っている「人間型ゲシュタルト」の意味を掲げておきましょう。

人間型ゲシュタルトとは

ψ1~ψ2領域は物質概念という同一性に支配された差異なき差異の世界である。この領域の中で自然世界を思考する概念の体系が、ヌーソロジーが「人間型ゲシュタルト」と呼ぶものと考えていい。

29. ミクロとマクロの対称性――次元観察子ψ1~ψ2

さて、次元観察子の中で、最も基礎となっているものが次元観察子ψ1~ψ2であり、人間の意識が今住んでいる階層だと言ってもいいでしょう。要するに、人間の意識はまだここにしかスポットライトが当たっていなくて、他の階層は暗くて全く見えていないということです。それは一体どういうことなのでしょうか。一緒に考えてみましょう。

まず、私たちが時空、つまり、宇宙に対して、よく思い浮かべるイメージとしては、私たちが生きている地球を含む太陽系があり、それを含むオリオン腕があって、さらにはそれを含む天の川銀河、さらにそれを含むおとめ座超銀河団があり、こうした超銀河団が平面状の壁のような分布している銀河フィラメントと呼ばれるものがあり、銀河フィラメント同士の間には天体がほとんど存在しない超空洞(ヴォイド)と呼ばれる領域があると言われています。こうした宇宙の大規模構造の下では、私たちの地球およびそこに暮らす私たちとはなんて「ちっぽけな存在」だろうと思えてしまいます。
こうした科学が持っている世界観は、一般には「宇宙原理」と呼ばれています。要するに、大きなスケールで見れば、「宇宙は一様かつ等方である」という主張です。言い換えれば、「宇宙には特別な場所は存在しない」という主張になります。したがって、天の川銀河、太陽系、地球も特別な存在ではなく、そこに暮らす私たちも取るに足らないちっぽけなありふれた存在だというわけです。つまり、私たちは宇宙に対して、基本的に、こうしたビジョンを描いているのです。

最新の宇宙論では、宇宙の年齢は約138億年と計算されていて、人間が観測可能な宇宙の範囲というのは最大で約465億光年先までと言われています。よく宇宙の年齢は約138億年だから、それに光速度を掛けたものが、人間が観測可能な宇宙の範囲だと誤解されますが、この論理は宇宙が特殊相対論での平らな時空である場合に限って意味をなすものです。実際の宇宙では、4次元の時空連続体は宇宙スケールではかなり歪んでいるそうですので、この論理は意味をなしません。ただここでは、人間の意識を論じる上での出発点としては、とりあえず特殊相対論に基づくミンコフスキー空間を想定しても大きな問題は生じないと思われますので、宇宙の範囲を半径約138億光年の球空間とし、それを円板状の底面に見立てた光円錐を想定することにします。

さて、何かボールのようなものを手にとって眺めてみましょう。すると、私たちは、このボールの輪郭は「円」として見ているはずですが、なぜかこのボールを「球体」としてイメージできます。私たちは、その「球体」のイメージを限りなく膨張させていけば、どんどん自分を包み込み、地球を包み込み、宇宙の果てまで広がっていく空間を観念として作り出せます。その「球体」のイメージが膨張して拡がっていくイメージがψ1です。すると、もし私が宇宙の中心にいるとすれば、私が視線を向けて観測される宇宙の果てというのはビッグバン理論によって宇宙が開闢した約138億年前の時空を見ているということになります。


図1 ミクロとマクロの対称性と時空の対称性
(『2013:人類が神を見る日 アドバンスト・エディション』p.171より)

ということは、約138億光年彼方の宇宙の果てから宇宙の中心への方向性の軸は、まさしく、時間軸ということになります。まるで何者かが点の内部でも覗き込んでいるかのように、宇宙の果てから宇宙の中心へ向かう方向性というのは、宇宙空間がマクロからミクロへと縮んでいく方向ということになります。

この2方向の円錐の対称性のことを、ヌーソロジーでは人間にとって最も基本的な対化であるとして、「方向の対化」と呼んでいます。これら2つの方向性を、次元観察子ψ1とψ2と呼びます。


 モノの中心Oから天球面∞方向へ  天球面∞からモノの中心O方向へ
        (ミクロ→マクロ)         (マクロ→ミクロ)

図2 次元観察子ψ1とψ2
(『2013:人類が神を見る日 アドバンストエディション』p.353より)

ヌーソロジーの言説に基づいて、次元観察子ψ1とψ2をまとめておけば、以下のような感じになります。


■次元観察子ψ1
…一つのモノの中心点Oから天球面方向∞に等方的に広がって行く空間の方向性。
無限小(ミクロ)無限大(マクロ)。
■次元観察子ψ2
…天球面に広がる∞から一つの対象の中心点Oへと収縮してくる空間の方向性。
無限大(マクロ)無限小(ミクロ)。
⇒宇宙の広がりを時空として考えれば、ψ13次元「空間」の広がり、ψ2が過去から現在に至る「時間」の方向性と見なせるから、人間においては、ψ1空間ψ2時間とも呼ぶ。

 私たちは、ミクロからマクロへ拡大する方向のψ1だとか、マクロからミクロへ縮小する方向のψ2だとか言ったときに、何を想像するかというと、自然に、ボールのようなモノと空間の境界面を想像していて、その境界面を拡げたり、縮めたりしていることがわかります。

28. 次元観察子の概略

 ヌーソロジーの基本用語である「対化」と「等化」のイメージが何となくでもつかめたところで、「次元観察子」という概念を順に観ていくことにしましょう。

ヌーソロジーには、「観察子」という独特な概念があって、これによって宇宙に存在する物質・生命・精神などの一切を説明するための壮大な構造を語ろうとしています。大まかには次の4種類の観察子から構成されます。

1脈性観察子…Φ1~Φ14、Φ*1~Φ*14
2大系観察子…Ω1~Ω14、Ω*1~Ω*14
3次元観察子…ψ1~ψ14、ψ*1~ψ*14
4空間観察子…α1~α14、α*1~α*14

 各観察子の記号にはギリシア文字が当てられていて、それぞれ、Φは「ファイ」、Ωは「オメガ」、ψは「プサイ」、αは「アルファ」と読みます。
これだけでは何を言っているのかさっぱりわからないかもしれません。ただ言えるのは、どうやら「対化」という概念をベースに組み立てられている構造であることを想像することは難しくありません。
つまり、隣り合う奇数観察子と偶数観察子の対を「対化」概念とみなして、これをベースに発展させていく構造というわけです。
これは下図の「cave compass」(ケイブ・コンパス)と呼ばれるヌーソロジーの概念構造をつかむツールを利用すると、少しイメージしやすいかもしれません。

1 cave compass(ケイブ・コンパス)
(cave syndrome「ヌースとシュタイナー(1)2006/3/17より)

 これは、ヌーソロジーの観察子の中では、人間にとって一番重要と言われている「次元観察子」概念を主として説明するために用意されているツールですが、他の観察子も次元観察子と同型対応の構造を持っているので、同様に見ることができます。
大雑把に言えば、ψ1~ψ2、ψ3~ψ4、ψ5~ψ6、ψ7~ψ8、ψ9~ψ10、ψ11~ψ12、ψ13~ψ14という714個の観察子から成り立っていて、各対ごとに作用する存在だとでも考えればよいように思います。この「次元観察子」が人間にとって一番重要だと言われる所以は、これらが人間の意識だとか精神といったものと深く関わっているというか、それらを生み出している概念だとされるからです。
ところで、cave compassの図を見て頂ければわかるように、ψには裏にψ*という構造をもっている。しかも、奇数観察子の裏が偶数観察子*、偶数観察子の裏が奇数観察子*となっていて、これらが交差(キアスム)的に関係しています。図で表わすと、下図のようになります。これはψ1~ψ8までの進化(負荷)とその反映という対化、進化*(負荷*)とその反映*という対化、反対、逆性の関係を示したものです。
2 元止揚の顕在化における対化、反映、反対、逆性
                (旧NOOS ACADEMEIAサイトより)

これら観察子の発展構造は、前述のヌーソロジーの基本用語である「負荷」「反映」「対化」「等化」「中和」を用いると、次のような感じになります。

3 次元観察子の発展

ψ1という負荷とその反映であるψ2という対化構造を等化してψ3になり、その反映として中和してψ4になります。同様に、今度はψ3を負荷、ψ4をその反映として、ψ3とψ4の対化構造を等化してψ5になり、その反映として中和してψ6になります。
発展構造にはもう一つの表現がある。それはψの裏のψ*の流れも含めたもので、ψ1とその反対の位置にくるψ*1を合わせてψ3になり、その反映であるψ2とその反対の位置にくるψ*2を合わせてψ4になります。同様に、今度はψ3とψ*3を合わせてψ5になり、その反映であるψ4とψ*4を合わせてψ6になります。

これら次元観察子ψ1~ψ2、ψ3~ψ4、ψ5~ψ6、ψ7~ψ8、ψ9~ψ10、ψ11~ψ12、ψ13~ψ14という7対の次元の名称と働きの概要を、まず、表にまとめておきます。

表1 次元観察子における各名称と働き
DVDNOOS LECTURE LIVE 2009-2010 Vol.4』より)

 このψ1~ψ2、ψ3~ψ4、ψ5~ψ6、ψ7~ψ8、ψ9~ψ10、ψ11~ψ12、ψ13~ψ14という番号の違いは、「空間の差異の序列」と考えるとわかりやすいでしょう。簡単に言えば、私たちが空間として取り扱っているものには、人間がまだ意識あるいは認識していない何らかの差異があって、その差異自体に何か階層的序列があるというわけです。

これら次元観察子7対のうち、最も要になってくるのは最初のψ1~ψ2、ψ3~ψ4、ψ5~ψ6、ψ7~ψ8という4対です。これらはまとめて「元止揚」と呼ばれ、いわば人間の精神構造の中核をなすと言ってもいいでしょう。まずは、それら4対の概要について、順を追って見ていきましょう。

2016年1月27日水曜日

27. 等化の概念とそのイメージの描像

さて、ここで問題ですが、「等化」をどのように考えればよいかということです。そもそも「対化」する二項というのは、まさしく「対立項」でもあり、互いが互いにとって特殊な存在であるとも言えます。つまり、敵対関係にあるがごとく、全く違う立場にある存在であり、互いが互いを同等な存在として見ないとも言えます。こうした「対化」の関係にある二項が「たいして違わない、単なるバリエーションの違いでしかない」といった観点に立てることが「等化」ではないかと思うます。

少し抽象的すぎますので、例を挙げておきますと、「青」と「赤」というと寒色と暖色という感じで全く違う感じであり、「対化」的な存在だと言えますが、どちらも「色」という意味では「等化」されていると言ってもいいのではないでしょうか。「形」や「数」ではないが「色」の一種として「等化」できるというわけです。ではそれに対して「中和」はどんな感じかと言えば、「青」と「赤」を混ぜた色としての「紫」という「色」は「中和」と呼べるのではないかと考えます。ただし、「等化」と「中和」は互いに反転関係であると言われると、この色の喩えではピンと来なくなってしまいます。

あえて言うなら、「青」と「赤」で次の関係としてピンと来る色は、「緑」だと言えば、「光の三原色」の残りの一色であり、「黄」だと言えば、「色の三原色」の残りの一色です。この「光の三原色」と「色の三原色」をそれぞれ「見るための色」と「見られるための色」と名付ければ、「緑」と「黄」が「対化」の様相を呈してきます。

 次に、前述の「対化」の幾何学的描像の延長線上に「等化」の幾何学的描像を考えてみましょう。前述のように、+1と-1の「対化」の関係が「原点Oを中心とする180度の回転」で表せるなら、ちょうどその真ん中の「原点Oを中心とする90度の回転」(反時計回りを正とする90度の回転)というものはどういうことになるか考えてみます。


等化の描像(1)

通常、1から-1に至る過程の半分という意味では、「+i」が対応すると考えます。ここで登場する「i」とは、「虚数単位」です。
どういうことかと言うと、私たちが普通に使っている数というのは、「実在する数」という意味で「実数」と呼ばれます。この実数は2回掛け合わせる(2乗する)と必ず正の数になります。つまり、が実数であるなら、


というわけです。実際、


となって、正の数も負の数も2乗すると、正の数になります

ところが、あえてここで、


となる数xというものを考えます。すると、数学の2次方程式を解いたり、物理学の諸現象を説明する上で、とても説明しやすくなるのです。訳のわからない数を導入して説明しやすくなるとは、詭弁のようであるが、構造的には綺麗な説明ができるようになります。そこで、
となる数のうち、正の方を「虚数単位」と呼んで「i」と書く。つまり、あえて書くなら、

と定義するというわけです。これが「虚数」と呼ばれるのは、実際にはそのままではあり得ないような「虚」なる数だからです。あり得ない数が自然界にはあるのだから、これほどパラドクシカルな詭弁はないような気がします。その基準となる単位を、「虚数単位」と呼ぶわけです。これに対して、1は実数の基準となる単位であるから、「実数単位」と呼ばれます。
この実数単位を基準とする「実数軸」という数直線と、虚数単位を基準とする「虚数軸」という数直線を直交させてできる平面が、「複素数平面」(あるいは「ガウス平面」)と呼ばれる平面です。
すると、前述の「原点Oを中心とする90度の回転」というものは「実数軸を複素数平面上で回転する操作」ということになります。これは結果的に、「ある数に虚数単位iを掛ける操作」のことです。まとめると、
・ある数に-1を掛ける操作…複素数平面上での「原点Oを中心とする180度の回転」
・ある数に+iを掛ける操作…複素数平面上での「原点Oを中心とする90度の回転」
ということになる。


等化の描像(2)

果たして、この「原点Oを中心とする90度の回転」は「等化」と言っていいのでしょうか。疑問に感じるところです。実際、原点Oを中心とする反時計回りに90度の回転を4回続けると、一周して元の場所に戻ってきます。途中経過を見てみると、最初の90度の回転で、+1は+iになり、次の90度の回転で、+iは-1になり、続く90度の回転で、-1は-iになり、最後の90度の回転で、-iは+1になるということです。こうして、「原点Oを中心とする回転」の中で+1と-1を見た場合、それは既に対立項ではなく、単なる回転操作の一つのバリエーションでしかなくなっていることに気付くはずです。これこそが、「等化の本質」なのだと思います。