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2019年10月25日金曜日

44. 世界観の変遷とヌーソロジー (3)

さて、No.42No.43の記事でお話しした内容は、2009年~2010年頃のヌーソロジーに準拠した内容であり、ヌーソロジーは日々更新され、進化していくものなので、この記事を書いている2019年現在では、かなり内容も刷新されてきています。そこで、2019年現在最新の「人間の意識の変遷」というものをお話したいところですが、まずは、もう一度2009年~2010年時点のヌーソロジーの内容を、私なりに少し整理してから先に進みたいと思います。
まずは、一般的な人類の歴史の変遷を眺めてみましょう。

〇人類の歴史の変遷(西洋中心)
 原始 ⇒ 古代 ⇒ 中世 ⇒ 近世 ⇒ 近代 ⇒ 現代

〇人類の産業の主流の変遷
 農業(第一次産業) ⇒ 工業(第二次産業) ⇒ 商業(第三次産業)
 農耕革命      ⇒ 産業革命      ⇒ 情報(IT)革命 

〇マルクスの唯物史観に基づく5つの発展段階:
 原始共産制 ⇒ 奴隷制 ⇒ 封建制 ⇒ 資本主義制 ⇒ 共産制

これらは昔ながらのごく一般的な歴史区分だったり、中心産業の変遷だったりするものです。最後のマルクスの唯物史観に基づく5つの発展段階はとても有名ですね。

これらに対して、ドゥルーズ=ガタリの『アンチ・オイディプス』における欲望機械の変遷は少し様相が違います。

〇ドゥルーズ=ガタリの『アンチ・オイディプス』における欲望機械の変遷:
 原始土地機械 ⇒ 専制君主機械 ⇒ 資本主義機械
 (コード化)   (超コード化)  (脱コード化)

ドゥルーズ=ガタリの『アンチ・オイディプス』の内容はかなり難解で、これを読み解くにはかなりの哲学的素養を要します。したがって、ここでは極めて標語的な断片的な物言いになってしまうかもしれませんが、私なりに捉えた「コード化」「超コード化」「脱コード化」の意味のニュアンスを、ヌーソロジーの次元観察子のcave compassにそれぞれ対応させてみました。それぞれ、ψ8~ψ7:原始土地機械=「コード化」、ψ10~ψ9:専制君主機械=「超コード化」、ψ12~ψ11:資本主義機械=「脱コード化」という対応のイメージです。それぞれ、哲学や科学の歴史的変遷のイメージも、これに対応していて、ψ8~ψ7:古典(クラシック)→ψ10~ψ9:近代(モダン)→ψ12~ψ11:ポスト近代(ポストモダン)となっています。


1 哲学や科学における世界観の変遷と次元観察子との対応のイメージ


最後に、科学的世界観の変遷も付け加えておきます。以下のような対応のイメージです。

〇科学的世界観の変遷(ここでは力学に絞って)
ψ8~ψ7:個別の現象の説明
⇒ ψ10~ψ9:体系化された古典力学(微分の利用、物理量の積の登場)
⇒ ψ12~ψ11前半:相対論の登場(物理法則の不変性の提唱、時空の統合、観測者-対象双対の意識化)
⇒ ψ12~ψ11後半:量子論の登場(微分と行列の併用、物理量を単なる数量から演算子に変更する)



2019年10月23日水曜日

43. 世界観の変遷とヌーソロジー (2)

これを踏まえて、私は、以下のように、ヌーソロジーと言語の対応についての仮説を立てました。

(1)ψ 7~ψ 8:詩的言語
…原始土地機械、コード化、生産の生産と関係する
…第一次産業(特に農耕革命と農業)と関係
…プレ近代(プレモダン)と関係(哲学的には実存主義まで)
(数学との対応は、古典ギリシア数学のψ7:幾何学、ψ8:数論)
(2)ψ 9~ψ10:宗教言語
…専制君主機械、超コード化、登録の生産と関係する
…第ニ次産業(特に産業革命と工業)と関係
…近代(モダン)と関係(哲学的には構造主義)
(数学との対応は、近代に台頭してきたψ9:解析学、ψ10:代数学)
(3)ψ11~ψ12:科学言語
…資本主義機械、脱コード化と関係する
…第三次産業(特にIT革命と流通業)と関係
…ポスト近代(ポストモダン)(哲学的にはポスト構造主義)
(数学との対応は、20世紀以降のψ11:数学基礎論および数学の各分野の混ぜ合わせ、ψ12:統計学、応用数学、数理~学)

これらに対して、半田広宣氏は、

人間の歴史空間はΩ7Ω8に対するΩ9Ω10の交差により生成してくるものである。Ω9Ω8に対する交差が「人間の意識の内面性(人間の性質の流れ)」を生み出し、一方、Ω10Ω7に対する交差が「人間の意識の外面性(人間の定質の流れ)」を生み出してくる。。Ω8の内部構成は[Ω2=ψ8Ω4=ψ10Ω6=ψ12Ω8=ψ14]となっており、同様にΩ7の内部構成は[Ω1=ψ7Ω3=ψ9Ω5=ψ11Ω7=ψ13]となっている。このことから、人間の次元は人間の意識の内面側が先手を持って作用していくことになる。
と前置きした上で、以下の通り、補足・訂正しています。
図1 ヒトの思形と感性

■[ψ8]〜ψ7 : 詩的言語
……原始土地機械、コード化、生産の生産
……原始部族における原始共産的体制。主に狩猟や遊牧と関係する
……四大文明以前の超古代と関連。呪術的。文字の不在。

ψ8――転換作用のため意識は存在しない。
ψ7——宇宙的原母の内部空間。

■ψ10ψ9 : 宗教言語
……専制君主機械、超コード化、登録の生産。
……国家との登場。「書かれたもの(エクリチュール)」の絶対性。農耕社会、定住性の成立。

ψ10…多神教的言語(古代エジプト・バビロニア等の古代国家)
    想像界的信仰。母権的、女性的、魔術的、偶像崇拝。
ψ9…一神教的言語(ユダヤ・キリスト教)
     象徴界的信仰。父権的、男性的、律法的、偶像崇拝を認めない。

ψ9ψ10領域においては物と言語は対等。言語は世界の鏡であり、物と言葉は「類似」の関係を持って結ばれており、同等のレベルでの実在とされる。この領域においては、神話や聖書に見られるように、象徴=実在、英雄譚=歴史であり、物語=現実世界が成り立つ。

■ψ10ψ9からψ12ψ11への移行期
ルネサンス期………言葉と物とが持つ類似性の崩壊。物語世界と現実世界の乖離が決定的となる(ドン・キ・ホーテ)。固有名が力を持ってくることによって、個の意識の萌芽が始まる。

■ψ12ψ11前半 : 通常言語の記号化〜科学的言語の登場
………資本主義機械前期。脱コード化。消費の生産と関係する。神経症的。
………言葉と物のシニフィアンとシニフェという二元関係への変動。
………言葉は言葉、物は物として別個の世界の中で秩序を持つようになる。
………表象としての思考空間の誕生、およびその超越的主体性としてのコギト(近代的自我)の登場。

ψ12前半15世紀〜17世紀(大航海時代〜古典主義時代〜バロック時代)
 唯名論によって信仰と認識の問題は分離され超越的なものの縛りから解放されてくる(中世スコラ哲学の終焉)。地動説等による影響で俯瞰的視線を各個体が内部に同一化させ近代自我が確立されてくる(デカルト)。モノの言語の分離が光と影のコントラストを強くし、二元論的思考が台頭してくる(バロック)。
ψ11前半17世紀〜19世紀(科学主義の台頭〜唯物論登場当たりまで)
     ガリレオ、ケプラー、ニュートン等、科学の教父たちの登場。ラプラスに代表される科学による決定論的世界観の確立。フォイエルバッハ-マルクスーレーニンの系譜による唯物史観の確立。古典物理学の完成。科学的言語の確立はこの時期に達成されたと見ることができる。

■ψ12ψ11後半 : 通常言語の瓦解〜科学的言語の高度の抽象化
………資本主義機械後期。脱コード化の超コード化。欲望の生産と関係する。分裂症的。
………言葉は言葉、モノはモノとしての独自の生殖回路を開くことによる、差異の生産の爆発的増大。
………象徴界の力が衰退し想像界が勢力を増してくることによって、コギトの自明性の揺らぎが始まる。

 ・ψ12後半…19世紀~20世紀 帝国主義国家の闘争
第一次世界大戦、第二次世界大戦後の国連設置のようにワンワールド体制への欲動が動き始める。あらゆるイズムは貨幣一元主義によって解体または 統合されていき、経済体制が政治体制を凌駕するようになる。
 ・ψ11後半——19世紀〜20世紀後半
       印象派からシュールレアリスム、ダダ、抽象というように人間の外面側での意識表象へと表現スタイルが移行してくる。フッサール、フロイト、ソシュール等の登場により、意識に構造を見ようとする思想が生まれてくる(構造主義への発展)。

■ψ14 : 精神構造の負への反転(デジタル空間)
19892012年。顕在化の反映としてのデジタル空間への侵入が始まる。言葉は画像記号や音声記号として処理され、意味性を剥奪されすべてが情報という名でデータベース化されていく。同時に、言語から物質性(紙、肉声)が剥奪させられ、データベース上の磁気信号に変換される。

■ψ13 : 精神構造の正の反転(ヌーソロジー空間/ポストデジタル空間)
20132037年。定質(意識構造を形作っていた力)が形質(幾何学)に変換されることにより、群、トポロジー等の抽象数学が知覚的対応物を持つようになる。人間の意識構造が知覚化されてくることによって、歴史認識は激変を被り、永遠回帰的世界観が再興する。

したがって、ヌーソロジーにおいて、人類史における、先人達が繰り広げた物理学の変遷というものを考えるときも、こうした歴史空間のケイブ(洞窟)の中で捉えるべきだということです。
そうは言っても、いきなりこうした大掛かりな精神構造の下で話してもヌーソロジーの思考に慣れていない方々はなかなかピンと来にくいと思われるので、もう少し取っ付きやすいところ――次元観察子付近――から見てみましょう。
まず、ヌーソロジーの次元観察子の説明として、前半のψ1~ψ8は「自然科学」特に「量子力学」や「素粒子物理学」を用いた説明が多く、後半のψ7~ψ14は「人文科学」特にドゥルーズ=ガタリの哲学を用いた説明が多いようです。大雑把には以下の通りです。


人文科学(特に、哲学)         自然科学(特に、物理学) 
      ドゥルーズ=ガタリの哲学対応    現代素粒子物理学対応 

ψ13ψ14 他者の原始土地機械・         
専制君主機械・資本主義機械   
ψ11ψ12 資本主義機械(脱コード化)    
ψ 9ψ10 専制君主機械(超コード化)   
ψ 7ψ 8 原始土地機械(コード化)   強い力(クォークとグルーオン)
ψ 5ψ 6                弱い力(レプトンとウィークボゾン)  
ψ 3ψ 4                電磁気力(荷電粒子と光子)     
ψ 1ψ 2                 時空                    




ここで、ヌーソロジーの観察子の仕組みとして、「凝縮化」というものがある。この仕組みを正確に説明するのは容易でないのだが、大雑把には、以下のような感じで全体の機能が圧縮されるような感じでシフトする程度に捉えておくのが妥当ではないでしょうか。

ψ* 7ψ* 8 ⇒ ψ 1ψ 2 古典的(クラシック)世界観の生成
ψ* 9ψ*10 ⇒ ψ 3ψ 4 現代的(モダン)世界観の生成
ψ*11ψ*12 ⇒ ψ 5ψ 6 ポスト現代的(ポストモダン)世界観の生成
ψ*13ψ*14 ⇒ ψ 7ψ 8 古典的(クラシック)世界観の更新


果たして、これらは物理学、特にその王道とも言える力学における、世界観の変遷にもうまく対応するでしょうか。これからその辺りを見ていくことにしましょう。


2 力学の変遷

42. 世界観の変遷とヌーソロジー (1)

ヌーソロジーの大掛かりな精神の運動の仕組みの中で、物理学による自然観の遷移を眺めるというのは、面白い反面、なかなか難しい作業だと思います。それは、私たちの意識が、結果としての時間、つまり、歴史という道筋の上で物事を捉えようとするからです。しかし、私たちはこの時間感覚を簡単には拭えません。
私たちがふだんそれこそ無意識に意識しているその意識の由来は、まずは認識のレベルでは次元観察子ψ,ψ*ですが、それらはさらに上位の観察子である大系観察子Ω,Ω*が源泉となります。そこで、直接的ではないかもしれませんが、大系観察子Ω1~Ω14が対応するところの惑星レベルの精神構造がもたらしてくる意識の流れというものから見てみましょう。その最も端的な現象は人類の天体発見のイベントとして現れてきているのではないでしょうか。そこで、最初に、近代以降の天体発見のメイン・イベントを眺めてみましょう。

(1)古典物理学の発展・完成の頃
17世紀:木星(Ω7)、土星(Ω8)の衛星(=(地球以外で)初めての惑星の衛星)発見
18世紀:天王星(Ω9)発見(1781)
19世紀:海王星(Ω10)発見(1846)
(2)相対論的物理学、量子物理学の発展の頃
20世紀:冥王星(Ω11)発見(1930)
21世紀:第10惑星(Ω12)候補続々発見
 →冥王星、準惑星に降格(2006)

これらを背景にして、半田広宣氏のブログ「cave syndrome」の200932日の記事「ヒトの精神構造としての大陽系(2)」を読んでみると興味深いことが見えてきます。「真実の人間の思形と感性」と呼ばれる精神構造の下に、私たちが歴史と称する意識空間が浮かび上がってきます。以下にその一部を抜粋してみましょう。

●天王星=Ω9………真実の人間の思形(原父 : コクマー)

ヒトの精神が対化(Ω7とΩ*7=木星の対化という言い方をする)の等化への方向性を持つことにより、Ω7がΩ8=付帯質への交差として働きかけてくるときの方向性の力。人間の意識の内面性(人間の性質=赤い矢印の流れ)を作り出して行く働きを持つ。言語の生成を行っていくところ。Ω9はΩ2(ψ8)→Ω4(ψ10)→Ω6(ψ12)→Ω8(ψ14)というように、人間における偶数系観察子の次元を上位から交差して行き、人間の意識の内面性(赤い矢印の流れ)の発達を促して行く。
Ω2   (ψ 8)……………肉体構成としての転換作用(原始部族)
Ω4   (ψ10)……………想像界的文明(母系的、多神教的文明)の生成
Ω6前半(ψ12前半)………近代自我の目覚め、市民社会の形成等。
Ω6後半(ψ12後半)………ワンワールド体制に向けての国家の闘争
Ω8   (ψ14)……………デジタル空間。データベース空間。人間の意識の覚醒(顕在化)の反映。進化を覚醒できないまま付帯質の内面へと遷移させられていく人間の意識の流れ―アトランティス的なもの。

●海王星=Ω10………真実の人間の感性(原母 : ビナー)

天王星が持った方向の反映として働く真実の人間における変換性。天王星とは方向が全く逆なので、海王星は人間の意識の外面性の発展を促進する働きを持たせられている。Ω10はΩ1(ψ7)→Ω3(ψ9)→Ω5(ψ11)→Ω7(ψ13)という順番で奇数系観察子の領域を交差して行き、歴史における人間の意識の外面性(反性質 : 青い矢印の流れ)働きの発達を促進させていく。
Ω1   (ψ 7)……………知覚を送り出す働き
Ω3   (ψ 9)……………象徴界的文明(父系的、一神教的文明)の生成
Ω5前半(ψ11前半)………科学主義の出現。
Ω5後半(ψ11後半)………現象学、量子論的世界観の出現。
Ω7   (ψ13)……………人間の意識の最終構成。ヌーソロジー的認識の発現。進化を覚醒していくための人間の意識における元止揚(顕在化におけるψ*7)の生成。マルクト=Ω1を完成させ、元止揚=地球の顕在化を導くための力となる。—ムー的なもの。

(半田広宣ブログ「cave syndrome」「ヒトの精神構造としての大陽系(2)」
http://www.noos.ne.jp/cavesyndrome/?p=2476)より)

1 真実の人間の思形と感性

20191023upload時点では
「ヒトの思形と感性」という表記の方が正しいと思われる)
cavesyndrome「ヒトの精神構造としての大陽系(2)」より)

さて、ここでもう一つヒントになるものが「言語」です。「言語」というものは度々、人間の意識およびその進化・発展と関連付けて語られたりします。実際、「言語」と一口に言っても、国や民族によって多種多様ですし、そもそも、それ以前のレベルでいくつか種類があります。例えば、鎌田東二氏の『記号と言霊』の「記号論と言霊論」では、こんなことが書かれています。少し長くなりますが、引用させて頂きましょう。


この立場からすれば、日常世界は根源的場の頽落し、固定化され、制度化された世界にすぎず、そこから脱出し、超越することによって再び根源的な場に直接することが重要な実践的課題となる。例えば、記号生成の源泉である欲動場が、母の身体としての想像界における「原記号作用」から、父制制度・言語秩序としての象徴界における「象徴作用」へと硬直化していく記号生成のメカニズム、つまり「意味形成性」のプロセスとセミオティックへの還入の動態を解明したクリステヴァの詩的言語論は、その用語のわかりにくさはともかく、この立場の記号論的特性を見事に浮かびあがらせている。前者の立場が、デカルト的コギトないし初期フッサールの超越論的主体の定立という独我論的アポリアを相互主観性の観点から乗り超えようとはしたものの、未だ定立的主体(エゴ・コギト)から離れられないのに対して、後者の立場は、そうした定立的主体以前の無意識の記号生成の発生論的プロセスを視野に収めることによって、世界が成立してくるダイナミズムをより広い地平で問題にすることを可能にする。それは、宗教言語の問題を考える上で、重要な示唆を与えてくれる。
この二つの立場は、互いに対立する理論的立場というよりも、位層認識の差異に基づくものであるから、世界は、根源的場日常世界(一次世界)詩的世界・宗教世界・科学世界(二次世界という層)的構造を成しているものと考えることができるだろう。そして、「二次世界」は、「一次世界」の自明性を揺るがすような裂け目を体験し、その深奥に「根源的場」があることを直覚的なイメージで視てとる時に、象徴化され、あるいは概念化されて構成されるのである。一次世界としての日常世界が慣習化され、固定化された、公共性を持つ自明性の世界だとするなら、詩的世界や宗教世界や科学世界、すなわち二次世界は、そこからひとまず独立した固有の自律的世界である。その意味で、これらの世界は日常世界を基底世界とする高次世界だと言えよう。しかし同時に、それらが日常世界に依拠しつつもまた自律的な固有世界を構成している限り、そこでの「体験」は、日常世界定立以前の「根源的場」を垣間見ることをも可能にしている。むろん、これらの高次世界は制度化されると同時に、徐々に日常世界に沈澱し、自明なものとなり。両者の境界が曖昧になっていくプロセスはある。しかし、そこにはやはり固有の論理、存在様式がある。》(鎌田東二『記号と言霊』p.279p.280より

また、こう書かれています。

詩的言語が「含意性」を己れの能記(シニフィアン)とするような言語、つまり、能記のうちにさらに能記と所記(シニフィエ)が内含されるような言語だとすれば、それに対して、科学言語は、詩的言語と同様に言語場の制約から独立し、「明示性(デノテーション)」を己れの所記とする、所記のうちに二重に能記と所記とを含む言語である。科学言語は「指示対象性」と厳密な「線的構造」を持ち、対象世界の量的記述に奉仕する数学的言語を頂点とする。詩的言語が意識的に語の音表象や「多義性」を利用しながら、「もう一つの現実」を垣間見させようとするのに対して、科学言語は意識的に語の「一義性」を確定し、厳密な概念規定によって「対象的実在世界」の構造を記述し認識させようと機能する。前者は想像力によるイメージの噴出として、後者は理性による概念・理論の定立として各々固有の表象世界を構成する。このような詩的言語や科学言語に較べて、宗教言語はいったいどのような特質を持つのだろうか。
 第一に、宗教言語は日常言語と同様に、言語場による強い制約を受ける。したがって、詩的言語や科学言語が主として意味論・統辞論レベルの問題領域で捉えられるのに対して、宗教言語においては何よりも語用論レベルが最重要となる点。第二に、それと関連して詩的言語や科学言語が言語主体を捨象してもテキストとして自立しうるのに対して、宗教言語においては本質的に語る主体を抜きにしては考えられない。つまり、語り手と受け手と場との相互交流の中で初めてメッセージが定まるために、メッセージ内容は必ずしも一定不変ではなく、交流の過程で「変容」しうる。それゆえ、言語場の志向性が重要である点。第三に、宗教言語は、歴史的に成立して来た「根源的イメージ」の象徴化された形態に大きく制約されている点。(中略)第四に、宗教言語は、根源的イメージが言語形態化した「根源語」を秘儀的中核として、その周りを儀礼言語、教説言語、神学言語等が取り囲み、その外周が日常言語と境を接する同心円的構造を持つものとして了解できる点。(後略)
 宗教言語は、含意性への志向において詩的言語と共通し、明示性への志向において科学言語と共通し、さらには言語場の強い制約を受ける点で日常言語と共通する。しかしながら、言語場の制約を受けるとはいうものの、逆に新たに言語場を改変し、場の関係性を変換していく創造的な働きを持っている。このような「変換-再生機能」は、宗教言語の語用論的特質に基づくものだと言えよう。
(鎌田東二『記号と言霊』p.281p.283より

2 言語がなす世界観(鎌田東二『記号と言霊』より)

つまり、ごく大雑把に言えば、言語は下から「根源語」「基底言語」「高次言語」の三層構造をなし、「根源語」は根源的イメージ、「基底言語」は日常言語、「高次言語」は「詩的言語」「宗教言語」「科学言語」からなっており、詩的言語に近づくほど、多義性・含意性が強く、科学言語に近づくほど、一義性・明示性が強くなるというわけです