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2019年12月30日月曜日

46. 古典力学的世界観の形成 (1)

私たちがふだん慣れ親しんでいる科学的世界観は、近代科学そのものの特徴を前提としています。それは、「時(時間)と場所(空間)、そして相手に関わらず成り立ち通用する」ものだということです。この近代科学的世界観は、ニュートンによって統合されました。
ニュートン以前の科学は、アリストテレス(B.C.384B.C.322)の自然学に由来する「目的論的自然観」を基盤にしており、近代力学の成立とは、アリストテレスの「目的論的自然観」に縛られた運動学から解放されることでした。これは、ガリレオ、デカルト、ニュートンによって成し遂げられました。アリストテレス自然学における「目的論的自然観」では「神が支配し操縦する宇宙像」であったものが、ニュートンの「原子論的自然観」では「決定論的自然法則に従う宇宙像」へと転換したのです。



1 近代科学成立の経緯(山下芳樹『理科は理科系のための科目ですか』より)



2 運動の構図(山下芳樹『理科は理科系のための科目ですか』より)



図3 運動の法則への流れ(山下芳樹『理科は理科系のための科目ですか』より)

では、アリストテレス自然学とニュートン力学ではどう異なるのか、見てみましょう。
まず、以下のように、力学における対立概念が異なりました。


  ・アリストテレス自然学……静止⇔運動
  ・ニュートン力学……………(静止を含む)等速直線運動⇔加速度運動

これに伴って、「運動方程式」も以下のように異なりました。

      図4 アリストテレス自然学とニュートン力学の運動の法則の違い

アリストテレスが考えていた自然のメカニズムは、以下のようなものでした。
《地上界の物体は『土、水、空気、火』の四つの元素からなり、これらは地球の中心からこの順序で天に向かって固有の位置を占め、結果として秩序を保つ。この順序に狂いが生じたとき、固有の場所へ戻ろうとし運動(上下運動)が起こる》
この例としては、水中では石は下に沈み、空気は泡となって上昇する、現象が挙げられ、要するに、「重さ」とは下降しようとする傾向を、「軽さ」とは上昇しようとする傾向を指すと考えたわけです。
このアリストテレス自然学における「目的論的自然観」から、ニュートン新システムの「原子論的自然観」に至る過渡期の科学革命を少し見ておきましょう。

まず、主な科学革命としては、コペルニクスによる地動説を始めとした「空間革命」、それを母体としたケプラーによる「円軌道の否定」、ガリレオの「運動概念の転換」が挙げられる。そのうち、ケプラーの太陽系の天体である惑星の運動に関する法則は、以下の通りでした。

・ケプラーの第1法則…「楕円軌道の法則
惑星は、太陽をひとつの焦点とする楕円軌道上を動く。
・ケプラーの第2法則…「面積速度一定の法則
惑星と太陽とを結ぶ線分が単位時間に描く面積は、一定である(面積速度一定)。
・ケプラーの第3法則…「調和の法則
惑星の公転周期の2乗は、軌道の長半径の3乗に比例する。

次に、ガリレオは『天文対話』の中で、一つの斜面を球体が転がる運動として、斜面が上方に傾斜する場合、斜面の傾きがゼロになる場合、斜面が下方に傾斜したままの場合の3通りについて説明しています。それが以下の図です。


5 斜面の転がり運動(山下芳樹『理科は理科系のための科目ですか』より)

ガリレオはアリストテレスの目的論的自然観を否定したものの、斜面が上方に傾斜する運動は「地球の中心から離れる運動」、斜面が下方に傾斜する運動は「地球の中心に向かう運動」と考え、この2つの運動の境界として、「地球の中心から等距離にある接平面」を連ねた円(球)軌道上での運動=「等速円運動」が、ガリレオにとっての「慣性運動」でした。つまり、ガリレオはまだ円のドグマから抜け切れていなかったのだといいます。

この円の呪縛から抜け出し、一様無限の宇宙を前提としたのは、デカルトでした。デカルトは、『哲学原理』の中で、自然の3法則を掲げています。

・デカルトの第1法則
すべての物体は他から変化を被らない限り、同じ状態を保つ(いかなるものも、できるかぎり、常に同じ状態を固辞する)
・デカルトの第2法則
運動する物体はすべて直線運動を続けようとする(すべての運動はそれ自身としては直線運動である)
・デカルトの第3法則
運動の総量を保存する(一つの物体は、他のもっと力の強い物体に衝突する場合には、なんらその運動を失わないが、反対に、もっと力の弱い物体に衝突する場合には、これに移されるだけの運動を失う)

このうち、第1・第2法則は「慣性の法則」であり、第3の法則は「運動量保存の法則」へと繋がっていくものです。



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