さて、いよいよ古代ギリシア語の「ヌース」という言葉ですが、この「ヌース」という言葉を最初に使ったのはギリシアのアナクサゴラスという哲学者だそうです。ギリシアのソクラテス以前の哲学者たちが言っていることは、言葉の断片しか今では残っていないのですが、そのうち、本人の著作からの断片と言われる「真正断片」というものがあります。その中で、アナクサゴラスはこんなことを言っています。
「あらゆるものは一緒になってあったが、それらは、その数においても小ささにおいてもともに無限である。小さささえ無限であったからだ。そして、すべてのものが一緒にあった間は、何ひとつとして、その小ささの故に、目に見えはしなかった。それというのも、空気とアイテルとが――これらはともに、無限なものである――、すべてのものに勝って優位を占めていたからなのだ。すなわち、これらは、ものの全体のなかで、数の点でも、量の点でも、最多のものだからである。」(アナクサゴラス 真正断片1)
(廣川洋一・著『ソクラテス以前の哲学者』p.309より引用)
アナクサゴラスは、あらゆる物質は無数の何かからできていると考え、これに「種子」(スペルマータ;spermata)と名付けました。「スペルマータ」とは今で言う「スペルマ」(精子)のことです。
「知性(ヌウス)は無限で独立自存し、何ものとも混合せず、ただひとり、それ自身で、自らのもとにある。……(中略)……また知性は回転運動全体を支配したから、原初において回転運動が生じたのだ。最初、小さな領域から回転運動が生じたが、今ではより広範囲にわたって回転運動が行われ、これから先もいっそう広い範囲にわたって回転運動が行われることだろう。そして、混合されたもの、切り離されたもの、分離されたもの、これらのもの一切を、知性は知ったのだ。また、あろうとしていたかぎりのもの――すなわち、かってあったもの、今あるもの、これから先あるであろうもの――の一切を、知性は秩序づけたのだ。……(後略)……。」(アナクサゴラス 真正断片12)
(廣川洋一・著『ソクラテス以前の哲学者』p.313より引用)
宇宙には最初、「スペルマータ」と呼ばれる、目に見えないくらい小さな無数の種子が1つになっている状態であり、混沌としていました。そこに、ある原理による作用として、小さな渦巻きができます。その渦巻きがどんどん大きくなって、いくつもに分かれ、私たち自身や私たちが見ているこの世界が出来上がったというのです。この作用を引き起こす原理こそが「ヌース」(nous)と呼ばれる精神・知性です。要するに、「ヌース」という秩序を持った精神が現れて、それが旋回するようにしてその種子から宇宙を練り上げていった。そういう考え方がアナクサゴラスの考え方です。
「あらゆるもののうちに、あらゆるものの部分があるが、知性(ヌウス)は別だ。だが、その知性もまた内在するようなものがいくつかある。(断片11)
そして知性が運動を創始したとき、知性は動かされたものの一切から切り離され、知性が動かしたかぎりのものはすべて分離された。ものが動かされ、分離されるうちに、回転運動は、さらにいっそう分離をひき起こすことになったのだ。(断片13)
だが、つねにあるものである知性は、他のすべてのものもまたあるところに、すなわち、まわりを取り囲む多(原初の集塊)のうちにも、またこれまで結合されたり、分離されてきたもののうちにも、今なお確かにあるのだ。(断片14)」
(廣川洋一・著『ソクラテス以前の哲学者』p.313~p.314より引用)
半田広宣氏は、『NOOS LECTURE LIVE DVD 2009-2010 Vol.2』の中で、こんなふうに語っています。
「つまり、知性によってこの宇宙は創られたという考え方をして、その知性をヌースと呼んだわけです。この旋回する、スピンするというのは、ある意味プラトンを代表とするギリシアの哲学者たちにとって「神は宇宙を回転することにより創り上げた」という考え方はある意味オーソドックスな考え方です。つまり、回転が宇宙を創り出したのだ、ということです。そういった意味で、この回転を使って宇宙を創造したということで、ヌースはぐるぐるぐるぐる旋回するわけですから、「神の知性」とも呼ばれることになります。「旋回する知性」、つまり、かざぐるまのように、知性の力が風の力だとしたら、風を与えると、ぐるぐるぐるぐる回り出して、それこそ回りながら上昇していく、そういうような知性のイメージです。それで、「創造する知性」「最初の知性」「イデアを対象とする知性」と呼ばれることもあります。ここで言う「イデア」とはプラトンの言うイデアとは少しイメージが違うのですが、いわゆる宇宙を創り出した本質的な理念のことです。つまり、神の対象物と言ってもいいのですが、神がこう対象を創り上げていくことがある意味、宇宙の創造だとしたら、その創造していくために扱う対象というのがイデアになります。だから、ヌースの対象はイデアなんです。つまり、ヌースはイデアを対象とするということです。」
つまり、ヌースとはこの宇宙を創り出した「旋回する知性」だというわけです。
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