ページビューの合計

2019年10月18日金曜日

37. 素粒子空間への参入 (1)

さて、ここからがいよいよヌーソロジーの醍醐味である人間の意識構造を素粒子空間へと参入させていくロジックが登場するわけですが、これにはいくつかの予備知識が少々必要になります。ヌーソロジーでは、この辺りになると、素粒子物理学の基礎的な知識や、それを説明するための小道具としての数学の概念などが多用されてきます。ただでさえ、「シリウス言語」という、私たちが慣れ親しんでいない、ヌーソロジー独特の難解な用語が出て来ているわけですから、そうしたものが苦手な者にとっては、この辺りで、アタマの中がウニのようになってしまいます。そこで、それらに多少はとっつきやすくするために、若干の簡単な補足をしておきます。

まずは、「スピノル」についてです。量子力学や素粒子物理学などの現代物理学において扱われる物理量は、座標変換と呼ばれるものとの関係で定義されます。座標変換は、簡単に言えば、ある種の回転のようなものと考えてもらえば、とりあえずはイメージしやすいでしょう。ふつう回転と言えば、何か三角形だとか矢印といった平面上の図形を思い浮かべてもらえばわかりやすいですが、360度回転させれば、元の形のところに戻ってきます。こうした存在を物理学では「ベクトル」と呼びます。つまり、座標変換において1回転、つまり、360度で元に戻る存在が「ベクトル」です。ところが、座標変換をしても何も変わらない存在があります。それが「スカラー」です。つまり、座標変換において0回転、つまり、0度で元に戻る存在が「スカラー」です。ところが、こうした「ベクトル」だとか「スカラー」とはちょっと毛色の異なる空間構造を持った存在があります。それが「スピノル」です。「スピノル」は、なんと2回転、つまり、720度で元に戻るのです。

図1 普通の輪とメビウスの帯の違い
(身近な科学http://tehiro.sakura.ne.jp/studyaid/diary.cgi?no=10 より)

「スピノル」をイメージするには、「メビウスの帯」を思い浮かべてもらえばわかりやすいと思います。まずは、ペラペラの紙の帯を使って、普通の輪とメビウスの帯を作ってみましょう。1回も捩じらずにふつうに帯の端同士を糊付けすれば「普通の輪」になりますが、1回だけ捩って帯の端同士を糊付けすれば「メビウスの帯」になります。「普通の輪」をぐるっと指でたどる場合、輪の内側、外側ともそれぞれ360度で元の位置に戻ってきます。ところが、「メビウスの帯」を指でたどる場合、内側から始めようが外側から始めようが、途中で反対側の外側や内側に回ってしまい、結局元の位置に戻るまでに2回転分、つまり、720度要するわけです。
物理学では、こうした回転による性質を「スピン」と呼び、n回転で元に戻ることを「スピン1/n」と表現します。したがって、0回転で元に戻るスカラーは「スピン0」、1回転で元に戻るベクトルは「スピン1」、2回転で元に戻るスピノルは「スピン1/2」ということになります。では、まとめておきましょう。


■スカラー
…座標変換において、0回転(0度)で元に戻る物理量。スピン0
■ベクトル
…座標変換において、1回転(360度)で元に戻る物理量。スピン1
■スピノル
…座標変換において、2回転(720度)で元に戻る物理量。スピン1/2

自然界の現象は、突き詰めて考えれば、どんどん細かくしていけば、物質はより基本的な粒子へと分解され、それら粒子同士を結合させたり分離させる力である「4つの力」を用いて説明されます。「4つの力」は「相互作用」とも呼ばれ、電磁気力(電磁相互作用)、弱い力(弱い相互作用)、強い力(強い相互作用)、重力(重力相互作用)の4つです。この「4つの力」自身もまた、力を媒介させるある種の粒子によって説明されます。この物質を構成する基本粒子を「フェルミオン」と呼び、「4つの力」を媒介させる粒子を「ボソン」と呼びます。少し小難しいことを言えば、ここで「粒子」と呼んでいるものは本当の意味では単なる「粒子」ではありません。粒子性と波動性を持った「量子」と呼ばれる存在です。量子力学や素粒子物理学などの現代物理学で扱われるものは、「粒子」という名前がついていても、すべて「量子」のことです。
前述のベクトルやスピノルとの対応で見れば、「フェルミオン」はスピノルです。「ボソン」には、いくつか種類があって、質量を付加する粒子であるヒッグス粒子はスカラー・ボソンとされ、電磁気力を媒介する光子や、中性子崩壊などで現象化される弱い力の媒介粒子であるウィーク・ボソンなどはベクトル・ボソンです。その他、重力を媒介する粒子である「重力子」(グラビトン)は、スピン2(つまり、180度で元に戻る)のボソンです。

■フェルミオン(物質粒子)
…スピン1/2の量子。電子やニュートリノなどのレプトンと、陽子や中性子を構成するuクォークやdクォークなどのクォークがある。

■ボソン(力の媒介粒子)
(1)スカラー・ボソン…スピン0の量子。ヒッグス粒子や、フェルミオンの超対称性パートナーの粒子など。
(2)ベクトル・ボソン…スピン1の量子。「4つの力」のうち、電磁気力、弱い力、強い力を媒介する粒子。具体的には、1種類の光子、3種類のウィーク・ボソン、8種類のグル―オンがある。
(3)重力子(グラビトン)…スピン2の量子。重力を媒介する粒子。

さて、ヌーソロジーでは、古代ギリシアの哲学者アナクサゴラスが説いた「ヌース」(旋回する知性)のイメージのごとく、何かの回転がどんどん結びついていって、物質を始めとする宇宙のすべての存在が作られていると考えています。つまり、ヌーソロジー的な空間の幾何学的構成として「回転」というものを非常に重要視しているわけです。
この「回転」を考える上で大事な考え方が「群」です。言ってみれば、「群」とは、私たちが慣れ親しんでいる、足し算・引き算・掛け算・割り算といった四則演算のごとく、ふつうの数の計算のような感覚で取り扱いたいときに役に立つ考え方です。要するに、「群」とは「数」に対する考え方を拡張したような概念構造だと考えればいいでしょう。その中で、特に、量子力学や素粒子物理学などの現代物理学と関係が深いのが、U(1)SU(2)SU(3)SU(5)といった、ユニタリー群、特殊ユニタリー群です。これらは簡単に言えば、「複素数世界における回転」といった感じのイメージになります。実際、1次ユニタリー群U(1)は「複素数平面上の回転」を表します。私たちがふつう「回転」と呼ぶものは、2次元空間、つまり、平面における回転群SO(2)と、3次元空間における回転群SO(3)でしょう。一般に、n次元空間における回転は「SO(n)」と書かれます。
素粒子世界では何が回転するかと言えば、フェルミオンやボソンが作用する「場」を考え、その場の状態がある種の回転のようなもの、つまり、位相変換を受けると考えるわけです。この「場」はある種の関数であり、簡単に言えば、量子力学で扱われる「波動関数」と呼ばれるものを「場の量子論」の考え方を用いて拡張したものだと考えればいいでしょう。具体的には、電子やクォークといった1種類のフェルミオンを状態回転させるのがU(1)であり、電子とニュートリノの対、uクォークとdクォークの対といった2種類フェルミオンの組を状態回転させるのがSU(2)であり、さらに、uds3種類のクォークの組を状態回転させるのがSU(3)です。つまり、n種類のフェルミオンの組を状態回転させるのがSU(n)だというわけです。
素粒子世界では、これらフェルミオンの組の状態回転の際に、無限小の平行移動としての微分自体も作用を受けることになり、その受けた作用を補正する役割を果たすのがボソン(正確には、ゲージ・ボソン)です。具体的には、「素粒子が持つ内部空間における歪み」として扱われます。歪みを巻き戻してくれる存在が、ボソンだと言っていいでしょう。

36. 自己と他者の対称性――次元観察子ψ5~ψ6 (2)

先に述べたように、「モノの向う側」の無限遠点までを半径とする空間がψ3が描く球空間であり、「モノの手前側」の無限遠点までを半径とする空間がψ4が描く球空間でした。この次元観察子ψ3とψ4の半径というのは、視線方向の「奥行き」ですが、実際にはこの「奥行き」が潰されてしまって無限小のミクロに縮められています。

図1 メルロ・ポンティの奥行き解釈と次元観察子ψ3ψ4
DVDNOOS LECTURE LIVE 2009-2010 Vol.5』より)

この「奥行き」方向の「前」と「後」がψ3とψ4であり、「見るもの」と「見られるもの」の関係になっているわけです。ψ3とは、表相の背景面が不動であることを見い出して、それを回転させることによって生成される球空間でした。

図2 ψ3とψ44次元から見たときのアナロジー図
DVDNOOS LECTURE LIVE 2009-2010 Vol.5』より)

ヌーソロジーのロジックとしては、このψ3とψ4を等化するとψ5になり、中和するとψ6になるわけですが、これは言ってみれば、3次元空間を平面に見立て、4次元目の軸を、その平面を見る垂直な視線として立てたとき、主体が位置を持っている無限遠点で閉じられるのが等化側のψ5だとすれば、中和側のψ6は無限遠点で開かれる構造になります。
これは、ヌーソロジーでは、数学的には3次元球面と3次元双曲面と呼ばれるものの違いとして解釈されています。

図3 ψ5ψ6のアナロジー図
DVDNOOS LECTURE LIVE 2009-2010 Vol.6』より)

ヌーソロジーでは、この次元観察子ψ5が描く空間が「自己」から広がる空間であり、次元観察子ψ6が描く空間が「他者」から広がる空間ということになります。
こうして、私たちの忘れられていた「身体」というものが見い出されることになります。それは単なる物質的な肉体のことではありません。「前」と「後」で述べるなら、そうして取り戻した、本当の意味での身体における「前」方向を回転させた球空間がψ5が描く空間、身体における「後」方向を回転させた球空間がψ6が描く空間ということになります。

図4 ψ5ψ6の球空間の描像
                    (DVDNOOS LECTURE LIVE 2009-2010 Vol.6』より)

35. 自己と他者の対称性――次元観察子ψ5~ψ6 (1)

さて、次元観察子ψ1~ψ2が形作る球空間が「モノ一個の内部に広がる空間」、次元観察子ψ3~ψ4が形作る球空間が「モノ一個の外部に広がる空間」だとすれば、次の次元観察子ψ5~ψ6が形作る球空間が「人間ひとりの外部に広がる空間」ということになります。ヌーソロジーでは、「人間ひとりの外部に広がる空間」は「モノ無数の外部に広がる空間」と同じ空間だと考えられています。

そもそも「人間ひとり」というものをどうやって構成するのだろうかと考えたときに、ようやく「奥行き」の向こう側から登場するのが「自己」と「他者」です。いわゆる「わたし」と「あなた」という関係軸が、本当の意味で初めて現れるのです。

私たちはモノを点として、そのモノとモノを結ぶ線分と、人間までもを点として、その人間とモノを結ぶ線分を同じものとして見ています。さらに、その延長で、人間同士を結ぶ線分までも同じものとして見ています。ヌーソロジーでは、モノとモノを結ぶ線分を「客観線」、人間とモノを結ぶ線分を「主観線」として、明確に区別しています。つまり、ヌーソロジーにおいては、モノとモノを結ぶ「客観線」と、人間とモノを結ぶ「主観線」を、混同して同じものとして見てしまうこと自体がカテゴリー・エラーというわけです。

図1 主観線と客観線
(『2013:人類が神を見る日 アドバンスト・エディション』p.185より)

では、人間同士を結ぶ線分はどういうふうに考えればいいでしょうか。わたしとあなたという自己と他者が向かい合って、互いの眼の中の瞳孔を覗き込んでいるような特殊な状況を思い浮かべますと、わたしとあなたの2つの視野空間を作っている光円錐が交差している構図が作られます。


まず、主体が生じる前の世界(ψ*3)がある。そこに現象としてのψ3-知覚空間が現れる。そこには他者の眼差しが存在している(ψ*3)。そこで、ψ3はその眼差しを利用して、そこに映し出されているであろうと思われるわたしの顔やその背後側=ψ4を、意識の中にイメージ化していく(鏡像形成)。本来の主体としてのψ3(知覚正面)は最終的にこのイメージを自分だと思い込み、そのイメージを再び外部に投影させ、「わたしという他者」ψ*4として見てしまい、ψ3自体は完全に無意識化してしまう。

図2 向かい合う自己と他者の視野空間と交合円錐
DVDNOOS LECTURE LIVE 2009-2010 Vol.5』より)

さて、ここで、イギリスの神秘思想家であるダグラス・E・ハーディングは著書『顔があるもの顔がないもの』において、2人の人間が底の開いた紙袋の筒の中で向かい合うという、とても興味深い実験をしていますので、引用してみます(なお、この実験は、『The Headless――頭がない方法 ダグラス・ハーディングが開発した自己探求の方法』(http://www.ne.jp/asahi/headless/joy/99_blank029.html)というサイトでも、「実験11-紙袋の筒の実験」として詳しく紹介されていますので、興味ある方はご覧下さい)。

図3 筒状にした紙袋の中で向かい合う実験
(ダグラス・E・ハーディング『顔があるもの顔がないもの』より)

あなたがパートナーと紙袋の中に入る間、私がいくつかの質問をします。これらの質問は、声に出して答えるものではありません。それらは、あなたが自分の答えに到達するのを助けるためのものです。
友人と紙袋に入るときは、今、与えられていることについて、あなたが考えることではなく、感じることでもなく、記憶していることでもなく、ただ実際に見えることだけについて真実を言うことです。「現在の証拠にもとづいて」が鍵です。では、顔を袋の中に入れてください。
最初の質問、現在の証拠にもとづいて、袋の中にはいくつの顔が与えられていますか?
二番目の質問、そこであなたは顔対顔になっていますか? それとも、向こう側には顔があって、こちら側は空間となっているでしょうか?
三番目の質問、あなたは全人生で、今までに誰かと顔と顔をつき合わせたことがあるでしょうか?


実際にやってみるとわかりますが、この実験は、かなりカルチャーショックを受ける事件になるかもしれません。それほど強烈な実験だと思います。

さて、ヌーソロジーでは、次元観察子ψ1とψ2を等化してψ3、中和してψ4となり、続いて、次元観察子ψ3とψ4を等化してψ5、中和してψ6となり、さらに、次元観察子ψ1とψ2を等化してψ7、中和してψ8となるといった発展構造によって説明されます。具体的には、『2013:人類が神を見る日 アドバンスト・エディション』の中に、こんな記述があります。


「次元観察子ψ1~ψ2からψ3~ψ4への変移を思い出してみよう。君はψ1の表相という領域で一つの対象の見え姿を収穫する。そして、君はその対象をグルグルといろいろな方向に回転させることによって、その全体像が何であるかを把握する。その全体像を支えているのは、言うまでもなく、その対象の背景面である。このとき背景面は動くことはない。次に君はψ3の領域でその対象を支えている背景面を収穫し、今度はそれを回転させ、その対象を取り巻く周囲の3次元空間の状況を確認できるに至る。そして、今度は、今から説明するψ5という領域で、おそらく何かを捕獲し、それを回転させ、また何かの状況を確認するに至るのだ。その何かが自己や他者を規定しているものになっているのだと思ってほしい。」

(『2013:人類が神を見る日 アドバンスト・エディション』p.393


2019年10月7日月曜日

34. 人間の外面と内面――次元観察子ψ3~ψ4 (2)

NOOS LECTURE LIVE 2009-2010 DVD Vol.4』の中で、半田広宣氏は次のように面白いことを言っています。

「人間の外面意識に置いてはモノの手前に自分がいるという感覚はありません。ただモノと背景がそこにあるだけという知覚が起こっている状態です。モノの手前にいる自分というのは矢印がモノから自分の顔へと向いています。自分の顔は見えません。今までの文脈からすれば、内壁に貼り付いているものではないでしょうか。つまり、私がこのモノの手前にいるという感覚が、実は人間の内面の意識の核になっています。だから、自分の顔は自分の現実にはありません。あたかもここに自分の顔があるかのような認識が向こうからやってきていて、こっちの意識によってモノの手前の自分というのが形作られています。」


ψ3とψ4の球空間の構造をもう少し見てみましょう。ピンポン玉の表側とその背景面が青い面であり、それで構成される球空間がψ3による球空間です。逆に、ピンポン玉の裏側と私の背景面が赤い面であり、それで構成される球空間がψ4による球空間です。図で描くと、こんな感じになっています。

図1 ψ3ψ4の球空間の中のモノ
DVDNOOS LECTURE LIVE 2009-2010 Vol.4』の図に、説明用の図を追加)

この図は運動している空間全体を描いていますが、こうして止まって見ているだけでは、先ほどの球面を半分ずつ接着した空間の図で見たように、半分の空間しか見えません。

そこで、こうしてピンポン玉というモノを見ている視線の方向に、モノの中心からずっと向こう側に矢印を引っ張ったものをぐるっと回転させてみます。すると、モノの背景面である空間全体が見えます。要するに、モノの背景面である空間全体を見ようとすると、観測者自らが動かなくてはいけないというわけです。つまり、ψ3の球空間というのを身体的に感覚的に扱うためには観測者自らが回転する必要があります。

このψ3の球空間の半径は、モノの中心からモノの向こう側に伸びている直線であり、したがって、モノの向こう側のずっと彼方にある無限遠点が、人間の外面における無限遠点ということになります。そして、そこが人間の真の主体の位置があるということになるわけです。
半田広宣氏は、『NOOS LECTURE LIVE DVD 2009-2010 Vol.4』の中で、さらにこんな話をしています。

「主体というのは私たち自身です。私たち自身がいったいどこに「いる」のでしょうか。あくまでもψ1~ψ2の中でイメージされている、物質的肉体としての私たちは時空の中に「ある」と言えます。「いる」ではなく「ある」と言い方をします。あくまでも物質的肉体がある場所、それは単なるモノであって、われわれが現実に働かせている知覚や意識というのは全く存在しない世界です。ここで、初めて私たちは反転する空間というものを発見して、その反転という空間において初めて私たちはそこに居住しているということをまずははっきりさせたかったわけです。そこにおいて私たちは見るということを成り立たせているわけです。」

ここで、モノの内部の空間とモノの外部の空間の違いということについて、もう少し別な方向から説明しておきます。

ピンポン玉を持って回してみます。すると、ピンポン玉は回転していますが、背景空間は動きません。これは何を意味しているかというと、モノの内部を象っている空間と、モノの外部に背景として見えている空間というのは次元が違うということです。私たちはすべて3次元空間というものを同じに考えていますから、モノの内部もモノの外部も3次元ですし、私から拡がる空間も地球から拡がる空間も3次元だと思っています。これはψ1~ψ2の中ですべて思考していて、空間の差異が見えないから、すべての空間を同一視してそういうふうに見てしまっているわけです。つまり、ヌーソロジーの考え方では、空間には階層があるということです。
今、ピンポン玉をただぐるぐる回転していても背景は動きません。では、モノの外部の空間を動かすにはどうすればいいでしょうか。それは、私自身が動けばいいわけです。
まず、ψ1~ψ2というのはモノの内部性でした。そして、ψ3の反転によって等化され、背景面が生まれてきます。この背景面は、私の肉体を動かすと動きます。つまり、観測者の肉体と、モノの背景面は、運動において相対的な関係にあるということです。一方、モノを回転させても背景面は微動だにしません。私も動く必要がありませんから、このモノ で閉じられた空間の中には私はいないということにあります。つまり、私という真の主体はψ1~ψ2から出て、それが反転したψ3、つまり、モノの背景面にいるというわけです。私は不動というわけです。
ところが、モノの手前に感覚されている肉体としての自分の位置は、モノの中心から自分の手前に向かってくる矢印によって作られる半径としてなぞられる場所ですから、ψ3の反映であるψ4になります。こちらが人間の内面です。モノの手前に自分がいると思って、自分が運動することによって形作られている空間です。こちらでは私は不動ではありません。

要するに、モノの中心から自分の方向に向いている矢印を半径とするψ3による球空間と、モノの中心からモノの向こう側に向いている矢印を半径とするψ4による球空間という、2つの空間が生まれており、その2つの空間は互いに反転しているわけです。

改めて、ψ3とψ4をまとめておきましょう。

■次元観察子ψ3

モノの向こう側に見えている空間=「見ている」空間(主体空間のもと)。
奥行き感覚に基づく。

■次元観察子ψ4

モノの手前側 に見えている空間=「見られている」空間(客体空間のもと)。
感覚に基づく。

33. 人間の外面と内面――次元観察子ψ3~ψ4 (1)

まず、モノからモノの向こう側の伸びている方向は、いわば「見ている方向」であり、「奥行き」感覚をベースとするものです。一方、モノからモノの手前側に伸びている方向は、いわば、「見られている方向」であり、「幅」感覚をベースとするものです。この2つは根本的に違うものであると考えます。前者をψ3の半径、後者をψ4の半径と呼びます。
図1 次元観察子ψ3ψ4の球空間の半径線
cave syndrome「時間と別れる50の方法(16)2008/6/21より)

次に、このψ3の半径(モノからモノの向こう側の無限遠点まで)で球空間を描いたものと、ψ4の半径(モノからモノの手前側の無限遠点まで)で球空間を描いたものの違いを見てみましょう。
2 ψ3ψ4の球空間の反転関係

ここで、ヌーソロジーの最も重要な概念の一つである、人間の「外面」と「内面」という概念が登場します。ふつう私たちが日常使っている「外面」と「内面」という言葉は、「外面」は外向けの面ということで外在的なものを表し、「内面」は内向けの面ということで内在的なものを表しますが、ヌーソロジーで言う「外面」と「内面」はそれらとは逆の様相を呈してきます。どういうことかというと、今まで私たちが閉じ込められていた物質概念の世界、つまり、「人間型ゲシュタルト」の世界が、この赤い球空間になります。つまり、「内壁が赤で、外壁が青」の球空間です。このような空間概念を、次元観察子ψ4と呼びます。モノの外壁が外へと拡大していくマクロ方向がψ1であり、モノの内壁が球体の中心に向けて縮小していくミクロ方向がψ2です。このψ1の拡大とψ2の縮小に対して、反転した世界を考えると、青い球空間、つまり、「内壁が青で、外壁が赤」の球空間になります。これは、空間が反転したことによって、ミクロ方向とマクロ方向は等化したという意味合いがあるわけで、このような空間概念を、次元観察子ψ3と呼びます。

それでは次の図を見て下さい。これは、私たちが実際にモノを見ているときの全体図です。先ほどの青い球空間と赤い球空間を大きくしたものと小さくしたものの半分同士をそれぞれ互い違いにくっつけ合わせたようになっています。
3 人間の外面と内面
(『2013:人類が神を見る日 アドバンスト・エディション』p.367より)

ここで、モノとして、わかりやすく球状のもの、例えば、ピンポン玉を手に取って見て下さい。今、みなさんにはピンポン玉の表側の外壁が見えています。それが青い面に対応する「外面」です。そして、ピンポン玉の裏側の外壁は、赤い面に対応する「内面」です。ふつうψ1で拡大していった時にはこの内面の中に観測者である私が包まれてしまいます。そのとき、内面は私の後ろ側となって「見えない」わけです。一方、ピンポン玉の表側の外壁は「見える」わけです。もう一つ「見える」世界があります。それがピンポン玉の背景面です。
今、このピンポン玉がどんどん目の前で膨らんでいったとします。そうすると自分のからだの手前までは、ピンポン玉の表側の外壁である青い面が見えます。しかし、自分のからだを通過して、それが拡大して自分の後ろを意識したときには、それは既に赤い面となって、見えません。前にあるときも、ピンポン玉の裏側の外壁である赤い面は見えません。要するに、「人間の内面」と呼ばれる赤い面は、「見えない」わけです。
少し整理しておきましょう。つまり、

対象(ピンポン玉)の表側の外壁(凸面)…見える世界 =外面(青い面)
対象(ピンポン玉)の背景面(凹面)  …見える世界 =外面(青い面)
対象(ピンポン玉)の裏側の外壁(凸面)…見えない世界=内面(赤い面)
私の後ろの背景面(凹面)       …見えない世界=内面(赤い面)

というわけです。
4 赤い面と青い面の反転

今度はピンポン玉を縮めていきましょう。ピンポン玉を縮めていってその中心点を通過すると反転します。つまり、モノの外壁だった青い面(a)は、モノの中心点で反転して、モノの背景面の内壁(c)になります。一方、モノの内壁だった赤い面(b)は、モノの中心点で反転して、モノの背景面の外壁(d)になります。
つまり、何を言っているかというと、モノの内部の球空間(赤い面)とモノの外部の球空間(青い面)は、人間の知覚においては反転しているというわけです。私たちはふつう、モノを見ている状態(aの外壁=青、bの内壁=赤の関係)をそのまま膨らませて背景面をイメージ(gの内壁=赤、hの外壁=青の関係)しているため、モノの内部に落ち込んでいます。でも、モノを見ている状態を縮めてモノの中心点で反転させて拡大すると、モノの背景面が青(cの内壁=青、dの外壁=赤の関係)となります。こうすると、背景面はモノの表面が反転した領域になるわけですから、等化が起きている領域ということになります。つまり、私たちが見ているモノの背景面(cの内壁=青、dの外壁=赤の関係)は、既にモノの表面(aの外壁=青、bの内壁=赤の関係)が反転していたものだったというわけです。ところが、私たちの意識は、このモノの表面(aの外壁=青、bの内壁=赤の関係)に磔(はりつけ)になっているために、それをそのまま拡大したもの(gの内壁=赤、hの外壁=青の関係)を「空間」と呼んでいたということになります。


ここは、「私たち人間が長い間乗り越えられなかった壁であり、今その峠で乗り越えようとしている」と半田広宣氏は言っています。簡単に言えば、モノの表面(オモテ)やモノの背景面という、人間の「外面」世界(青い面)は見えますが、モノの裏面(ウラ)や観測者である私のいる側の背景面という、人間の「内面」世界(赤い面)は見えません。そして、人間は空間と言えば、この「内面」世界しか認識しておらず、「外面」世界が無視されています。その「外面」世界とは実際に知覚が起きている場のことです。

32. 最初の空間反転の入口

このように、私たち人間の意識はまだ次元観察子ψ1~ψ2の球空間に住んでいて、自分のまわりの空間も、モノのまわりの空間も区別がなく、ただ空間が漠然と外に広がっていると思っていたわけです。ところが、私たちが外に広がっていると思っていた空間は、実は「モノを両手で包みこんだときの掌の内側で感じる触覚的なかさばり感覚」をそのまま膨張させたり収縮させたりしているだけでした。この意識は「モノの内部」という意識です。つまり、実はまだ「モノの外部」には出られていなかったというわけです。この「モノの内部」意識こそ、人間の意識の基礎を構成しているとも言えるものであり、モノという対象が観測者なしでも存在していると考えてしまう、いわゆる対象中心の物の捉え方である「人間型ゲシュタルト」と呼ばれる思考様式でした。

では、人間の意識が閉じ込められているψ1~ψ2からψ3へと上昇していくためにはどうすればいいでしょうか。それが「空間を反転させる」ということなのです。

特殊相対性理論においては、光速に近づけば近づくほど運動方向に向かって空間が縮んでいき、ついに光速度に到達したとき点になるというローレンツ収縮が起こります。では光速度の壁を超えたらどうなるかというと、ヌーソロジーでは、それは、点の中に入っていくと発想をし、反転が起こると考えています。つまり、モノの外面(外壁)と内面(内壁)がひっくり返るわけです。このとき、モノの中身がベチャッと出てしまうのではなく、球面という観念が反転するだけです。もう少し詳しく見てみましょう。

図1 モノの外面と内面の観念の相互反転
(『2013:人類が神を見る日 アドバンスト・エディション』p.32より)

まず、モノとしての球体を象っているのは球面という観念です。「人間型ゲシュタルト」の原因になっているのは、この「モノの境界面の観念」でした。ψ1ではその観念をどんどんどんどん拡げていき、逆に、ψ2ではどんどんどんどん縮めていきます。しかし、このように拡げたり縮めたりしているのは、モノの内壁の方であって、モノの外壁の方ではありません。このような空間認識を象っている観念を、ヌーソロジーでは「核質」と呼びます。そこで、この空間の反転認識とは、球面の概念を反転させて世界を見ることだと考えることができます。つまり、この反転認識は球面の外壁と内壁を捻り合わせ、両者を等化する働きを持っているわけです。

さて、私たちがモノを見る意識というのは、3次元空間の3本の座標軸の交点に対象であるモノを点として見るような意識です。この3次元空間の3本の座標軸が紙面上で平面に潰れて「水」の字になっていると考えて下さい。試しにその紙面上の「水」の字に垂直に鉛筆を立ててみましょう。すると、その鉛筆が指し示す方向にハッとさせられます。その鉛筆の先にいる存在こそ、その紙面を覗き込んでいるこの〈わたし〉ではありませんか。つまり、その鉛筆こそ、まさしく4次元目の座標軸であり、その無限遠点こそ〈わたし〉のいるところだったというわけです。

図2 4次元とは何か
(『2013:人類が神を見る日 アドバンスト・エディション』p.179より)
3 〈わたし〉とモノを結ぶ視線は4次元(『光の箱舟』p.97より)

もう少し正確に言いますと、この4次元の軸の鉛筆が指し示す方向と、〈わたし〉がそのモノのある3本の座標軸の交点を見ている視線の方向は、向きが反対になっています。まず、このことに気づくことが、この次元観察子ψ1~ψ2の世界から出る第一歩です。

2019年5月15日水曜日

31. ヌーソロジー関連の書籍(2019年最新版)

これまで出版されてきたkohsenさん関連の書籍(単行本)を、私Φ=WHY?がちょっとしゃれで勝手にcave compassの次元観察子に対応させてみました。

ψ1~ψ2:『2013:人類が神を見る日』(半田広宣、1997)…「人間」であることの意識を刺激する半田さんのデビュー作。
https://www.amazon.co.jp/2013-%E4%BA%BA%E9%A1%9E%E3%81%8C%E7%A5%9E%E3%82%92%E8%A6%8B%E3%82%8B%E6%97%A5%E2%80%95%E3%83%97%E3%83%AC%E3%82%A2%E3%83%87%E3%82%B9%E6%AC%A1%E5%85%83%E3%81%8B%E3%82%89%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%83%B3%E6%AC%A1%E5%85%83%E3%81%B8%E3%80%82%E4%BB%8A%E3%80%81%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%8A%9B%E3%81%8C%E5%9C%B0%E7%90%83%E3%81%AB%E9%99%8D%E8%AA%95%E3%81%99%E3%82%8B%E3%80%82-%E5%8D%8A%E7%94%B0-%E5%BA%83%E5%AE%A3/dp/4198606722/ref=sr_1_10?adgrpid=54886470138&gclid=EAIaIQobChMIvseW95Cd4gIVBraWCh0dQggYEAAYASAAEgIQI_D_BwE&hvadid=259602300400&hvdev=c&hvlocphy=1009516&hvnetw=g&hvpos=1t1&hvqmt=e&hvrand=6529048894370644231&hvtargid=kwd-334807040116&hydadcr=17957_10174720&jp-ad-ap=0&keywords=%E5%8D%8A%E7%94%B0+%E5%BA%83%E5%AE%A3&qid=1557909448&s=books&sr=1-10

ψ3~ψ4:『2013:シリウス革命』(半田広宣、1999)…人間の意識が光速限界のモノの内部に閉じ込められていることをつかむ、ヌーソロジー本論の初期の全貌がつかめる痛快大作。
https://www.amazon.co.jp/2013-%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E9%9D%A9%E5%91%BD%E2%80%95%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%80%81%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%92%E8%B6%85%E3%81%88%E3%81%9F21%E4%B8%96%E7%B4%80%E3%81%AE%E5%AE%87%E5%AE%99%E8%AB%96-%E3%82%B3%E3%82%B9%E3%83%A2%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%BC-%E5%8D%8A%E7%94%B0-%E5%BA%83%E5%AE%A3/dp/4812700272/ref=sr_1_3?adgrpid=54886470138&gclid=EAIaIQobChMIvseW95Cd4gIVBraWCh0dQggYEAAYASAAEgIQI_D_BwE&hvadid=259602300400&hvdev=c&hvlocphy=1009516&hvnetw=g&hvpos=1t1&hvqmt=e&hvrand=6529048894370644231&hvtargid=kwd-334807040116&hydadcr=17957_10174720&jp-ad-ap=0&keywords=%E5%8D%8A%E7%94%B0+%E5%BA%83%E5%AE%A3&qid=1557909448&s=books&sr=1-3

ψ5~ψ6:『光の箱舟 -2013:超時空への旅-』(半田広宣&砂子岳彦、2001)…初めて半田さんと砂子さんという自己と他者が出逢って化学反応を起こしたような作品。
https://www.amazon.co.jp/%E5%85%89%E3%81%AE%E7%AE%B1%E8%88%9F%E2%80%952013-%E8%B6%85%E6%99%82%E7%A9%BA%E3%81%B8%E3%81%AE%E6%97%85-%E5%8D%8A%E7%94%B0-%E5%BA%83%E5%AE%A3/dp/4198613524/ref=sr_1_12?adgrpid=54886470138&gclid=EAIaIQobChMIvseW95Cd4gIVBraWCh0dQggYEAAYASAAEgIQI_D_BwE&hvadid=259602300400&hvdev=c&hvlocphy=1009516&hvnetw=g&hvpos=1t1&hvqmt=e&hvrand=6529048894370644231&hvtargid=kwd-334807040116&hydadcr=17957_10174720&jp-ad-ap=0&keywords=%E5%8D%8A%E7%94%B0+%E5%BA%83%E5%AE%A3&qid=1557909448&s=books&sr=1-12

ψ7~ψ8:『2013:人類が神を見る日 アドバンストエディション』(半田広宣、2008)…単なる半田さんのデビュー作の焼き直しに留まらず、増補部分が凝縮化して、ヌーソロジーの厚みを補完して余りある秀作。
https://www.amazon.co.jp/2013-%E4%BA%BA%E9%A1%9E%E3%81%8C%E7%A5%9E%E3%82%92%E8%A6%8B%E3%82%8B%E6%97%A5-%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%90%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3-%E8%B6%85%E7%9F%A5%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%83%BC-%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B9/dp/4198624798/ref=sr_1_5?adgrpid=54886470138&gclid=EAIaIQobChMIvseW95Cd4gIVBraWCh0dQggYEAAYASAAEgIQI_D_BwE&hvadid=259602300400&hvdev=c&hvlocphy=1009516&hvnetw=g&hvpos=1t1&hvqmt=e&hvrand=6529048894370644231&hvtargid=kwd-334807040116&hydadcr=17957_10174720&jp-ad-ap=0&keywords=%E5%8D%8A%E7%94%B0+%E5%BA%83%E5%AE%A3&qid=1557909448&s=books&sr=1-5

ψ9~ψ10:『2013|世界はグレンとひっくり返った 反転の創造空間<<シリウス次元>>への超突入! 』(半田広宣&中山康直、2014)…ある意味思考的な半田さんとある意味感覚的な中山さんが思形と感性の如く絡むような実験的作品。
https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AF%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%81%A8%E3%81%B2%E3%81%A3%E3%81%8F%E3%82%8A%E8%BF%94%E3%81%A3%E3%81%9F-%E5%8F%8D%E8%BB%A2%E3%81%AE%E5%89%B5%E9%80%A0%E7%A9%BA%E9%96%93-%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%82%B9%E6%AC%A1%E5%85%83-%E3%81%84%E3%81%A4%E3%81%A7%E3%82%82%E3%80%8C%E4%BB%8A%E3%80%8D%E3%81%A9%E3%81%93%E3%81%A7%E3%82%82%E3%80%8C%E3%81%93%E3%81%93%E3%80%8D%E2%80%95%E9%A9%9A%E7%95%B0%E3%81%AEScience-Spiritual%E3%83%A1%E3%82%BF%E3%83%A2%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%BC%E6%83%85%E5%A0%B1/dp/4864711720/ref=sr_1_4?adgrpid=54886470138&gclid=EAIaIQobChMIvseW95Cd4gIVBraWCh0dQggYEAAYASAAEgIQI_D_BwE&hvadid=259602300400&hvdev=c&hvlocphy=1009516&hvnetw=g&hvpos=1t1&hvqmt=e&hvrand=6529048894370644231&hvtargid=kwd-334807040116&hydadcr=17957_10174720&jp-ad-ap=0&keywords=%E5%8D%8A%E7%94%B0+%E5%BA%83%E5%AE%A3&qid=1557909448&s=books&sr=1-4

ψ11~ψ12:『シュタイナー思想とヌーソロジー』(半田広宣&福田秀樹&大野章、2017)…ついにここまで来たかと思える、難解ではあるがまさに大著の感のある読み応えのある作品。
https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%BC%E6%80%9D%E6%83%B3%E3%81%A8%E3%83%8C%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%BC-%E7%89%A9%E8%B3%AA%E3%81%A8%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E3%82%92%E3%81%A4%E3%81%AA%E3%81%90%E6%80%9D%E8%80%83%E3%82%92%E6%B1%82%E3%82%81%E3%81%A6-%E5%8D%8A%E7%94%B0-%E5%BA%83%E5%AE%A3/dp/4864715505/ref=sr_1_2?adgrpid=54886470138&gclid=EAIaIQobChMIvseW95Cd4gIVBraWCh0dQggYEAAYASAAEgIQI_D_BwE&hvadid=259602300400&hvdev=c&hvlocphy=1009516&hvnetw=g&hvpos=1t1&hvqmt=e&hvrand=6529048894370644231&hvtargid=kwd-334807040116&hydadcr=17957_10174720&jp-ad-ap=0&keywords=%E5%8D%8A%E7%94%B0+%E5%BA%83%E5%AE%A3&qid=1557909448&s=books&sr=1-2

ψ13~ψ14:『奥行きの子供たち』(半田広宣&春井星乃&まきしむ、2019)…これぞヌーソロジーの究極の入門書という感じで、まさに2段階凝縮化を起こせば『人神』に重畳しそうな、早くも名著の呼び声の高い作品。
https://www.amazon.co.jp/%E5%A5%A5%E8%A1%8C%E3%81%8D%E3%81%AE%E5%AD%90%E4%BE%9B%E3%81%9F%E3%81%A1-%E3%82%8F%E3%81%9F%E3%81%97%E3%81%AE%E5%8D%8A%E8%BA%AB%E3%81%AF%E3%81%A9%E3%81%93%E3%81%AB-%E3%83%8C%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%81%A7%E8%AA%AD%E3%81%BF%E8%A7%A3%E3%81%8F%E6%98%A0%E7%94%BB%E3%81%AE%E4%B8%96%E7%95%8C-%E5%8D%8A%E7%94%B0-%E5%BA%83%E5%AE%A3/dp/4899764936/ref=sr_1_1?adgrpid=54886470138&gclid=EAIaIQobChMIvseW95Cd4gIVBraWCh0dQggYEAAYASAAEgIQI_D_BwE&hvadid=259602300400&hvdev=c&hvlocphy=1009516&hvnetw=g&hvpos=1t1&hvqmt=e&hvrand=6529048894370644231&hvtargid=kwd-334807040116&hydadcr=17957_10174720&jp-ad-ap=0&keywords=%E5%8D%8A%E7%94%B0+%E5%BA%83%E5%AE%A3&qid=1557909448&s=books&sr=1-1

こうして並べてみて、改めて、kohsenさん関連の本格的出版書籍自体が読書を通してcave compass上の次元観察子をたどる構造になっているのではないかと思いました。

南総里見八犬伝ではありませんが、この7冊の書籍をゲットして、7つの意識の玉で霊環(れいわ?)を描いて「超人」を目指す旅をしてもいいかもしれませんね。

また、ヌーソロジーの書籍は、増補版である『2013:人類が神を見る日 アドバンストエディション』(2008)を除けば、2つずつで、次の(1)~(3)の感じでもあります。

(1)『2013:人類が神を見る日』(1997)⇔『2013:シリウス革命』(1999)…著者が1人。U(1)対称性。

(2)『光の箱舟 -2013:超時空への旅-』(2001)⇔『2013|世界はグレンとひっくり返った 反転の創造空間<<シリウス次元>>への超突入! 』(2014)…著者が2人。SU(2)対称性。

(3)『シュタイナー思想とヌーソロジー』(2017)⇔『奥行きの子供たち』(2019)…著者が3人。SU(3)対称性。

おお、これぞヌーソロジー標準理論!(笑)いよいよ次の本がヌーソロジー超ひも理論でしょうか?